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心の旅

心のふるさとを見つける旅。断捨離、ミニマリスト、節約、ダイエットなどについても語ります。

断捨離の本を断捨離すべきだと私に気づかせてくれた本とは?

 「断捨離」「収納片付け」などに関する本は、それなりに役立ちます。著者の優秀さも認めざるを得ません。ただ、私は読みながら、ある種の空しさ感じてしまい、どうしても感情移入ができないのですね。

これは、何か、違うんじゃないだろうか?」と思ってしまう。

まあ、考えれば、それも当然かもしれません。「断捨離」関連書籍に過度な期待を寄せる方が愚かとも言えます。それらは、深淵な哲学書でも、啓示に満ちた文学書でもないのです。

「断捨離」本は、しょせんはノウハウ書、ハウツー本に過ぎません。

「断捨離」関連本の底の浅さ、中身の薄さ、透けて見える商業主義に幻滅するのも、もうやめることにしました。

つまり、断捨離の本を断捨離する決心をしたのです。

実は、断捨離の本を断捨離することを、私に決意させてくれた本があるのです。

たまたま、高円寺の商店街にある古本屋の店頭に置いてあった、100円の古本。それが、私を、スッパリと変えてしまったのです。

これがその本。

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無着成恭の詩の授業

著者は、無著成恭(むちゃくせいきょう)です。

「詩の授業」の巻頭で、ご自身の名前の由来を語っておられます。「無著」とは「物に執着しないこと」を指すそうです。

私が痛感したのは、これぞ本物の断捨離だということ。深い、根源的な意味の「豊かさ」について語られているのです。

人はどのようにしたら、豊かな存在でいられるのか、そのことについて、これほど人間的に語られている本は珍しい。

物を捨てるだけで心がラクになるとか、幸福になれるとか、そういうことはないと私は思っています。

私自身、これまで、どれほどの本を断捨離してきたことか。捨てても、また読みたくなり、新たに買いなおしたことも多いのです。

本を捨てて、心が晴れたとか、心が浄化されたなどということは記憶にありません。

無著成恭の「詩の授業」を読み進むうちに、こういう世界こそ、豊かさの根源だと直感しました。

実は、人間は、物を捨てても心が豊かになることはありません。物が多いとか、少ないとかはでは、豊かさは決定されません。

人は豊かな気持ちになれるには、どうしても必要なものがあります。それは愛情です。愛が枯渇し、心がひからびているのに、物を捨て、部屋を掃除したところで、幸福になれるわけがありません。

人間に対する愛情だけでなく、生きとし生けるものへの愛情が満ちていてこそ、人は豊かさを感じられるのだと思います。

そのことを、無著成恭は、子供への「詩の授業」と通じて、この渇いた現代に生きる我々に伝えてくれていると感じたのです。

もう、お手軽系の自己啓発書は手に取るまい。ノウハウ本は、すべて断捨離してしまおうと、この無著成恭の「詩の授業」を読みながら、決心できました。

そして、断捨離とは、心が澄み、満ち足りた状態へと向かうための精神的な行為であると思い至ったのでした。