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心の旅

心のふるさとを見つける旅。断捨離、ミニマリスト、節約、ダイエットなどについても語ります。

稀勢の里が横綱昇進の「夢」をつなげた。重苦しい日々からの脱出。

時事ニュース

大相撲、実は大好きなんです。大相撲放送のある日は、必ずNHKオンデマンドでチェックしているのです。

私の生活は、大げさに言うと、大相撲のある日とない日、その2種類しかないのです。

なぜ、これほどまでに、大相撲は私の血を騒がせるのか、自分でもわかりません。

 大関の稀勢の里が千秋楽で豪栄道に勝利。昇進を預かる審判部は秋場所(9月11日初日、東京・両国国技館)に持ち越すことを、明言しました。

実は13日目に稀勢の里が日馬富士に負けた時、私自身、精神的に落ち込んでしまったのです。

その落ち込みようは激しく、何とか抜け出たいと思いつつ、どうにもならなかった。

もしも、千秋楽に負けて11勝止まりですと、綱取りの夢は終わってしまっていたのですね。

日馬富士に負けた時、稀勢の里の「勝負弱さ」を痛感したのですが、同時に人生の厳しさを思いました。

チャップリンは「人生は勝つか負けるかだ」と言っていますが、そのとおり、人生は残酷です。

なぜなら、勝つ人より、負ける人の方が圧倒的に多いのだから。

私自身、青春期からずっと負け続けていた経験があり、社会的な成功はできなくとも、せめて自分にだけは負けなくないと密かに心に誓ったのを憶えています。

夢を抱いたり、理想を掲げることは簡単ですが、それを現実にかなえることは、何と難しいことか。

これまでの半生を振り返ると、ゾッとします。私の人生は山あり谷ありでした。実にアップダウンが激しく、休むことを神様から奪われていると思ったこともあったのです。

病気などで4回も死にかけた経験をしています。

前世は独楽(こま)だったのではないかと今でも思うことがあるのです。常に回り続けていないと倒れてしまう、それが自分ではないのかと……。

人生そのものを「勝ち負け」で決することには抵抗を覚えます。しかし、やはり勝つこと(己に克つこと)に全力を尽くしたいと思うのです。

来場所も私は稀勢の里を応援し続けることでしょう。なぜか、彼ほど熱心に稽古する力士も少ないと聞くから。

天賦の才に恵まれ、人一倍努力もしている。しかし、何かが足りない。そのために夢をつかめない。

実は、世の中にそういう人間は無数にいるのではないか、そう思うからこそ、ぜひとも、稀勢の里には横綱昇進という夢をかなえてもらいたい。

稀勢の里のことを「夢をかなえようひたむきに努力している自分」とだぶらせている人は多いでしょう。

でも、人生は過酷なのです。横綱にはなれないかもしれない。夢にあと一歩のところで届かない、それもまた人生。

おそらくは「夢に向かって、ひたすら進み続ける」、そのことに意味があるのでしょう。

本当は、一番大事なのは結果ではない、だから、稀勢の里が横綱になれなくても決し嘆くまい。

いや、夢を簡単に手に入れてしまう人間などには興味はない。足りない何かを補おうともがいている、完全ではない人間に心ひかれる、自分がここにいる。

そう思いつつ、大相撲のない日を今日から過ごし始める。そして、大相撲のある日になるまで、私自身は「私らしい夢」を紡いでゆきたいと思うのであります。